歴史・伝説 (真野)

真野御陵

出典:管理人撮影
正式には順徳天皇火葬塚ですが、御陵と同等の扱いで宮内庁書陵部で管理しています。順徳上皇は「承久の変」へ配流され、22年の在島の末、帰京の望みも絶え、絶食のはてに1242年9月12日に46歳で崩御されました。翌日火葬され、その跡に松と桜を植え目印としたのがこの火葬塚「真野御陵」です。御遺骨は翌年京都へ奉持されるまでこの塚に埋葬されていました。近くの真野宮は順徳上皇を祀った神社です。
(出典:佐渡観光協会HP)
<コメント>
背の高い松の木に覆われうっそうとした雰囲気。宮内庁管理ということで多少緊張感のある場所である。観光で訪れるほどの場所ではない。
<アクセス>
真野御陵: 佐和田中心部から国道350号、県道65号経由で約10キロ。
<(本家)百選関連項目> 中世の流人達
<勝手に百選関連項目> 海潮寺の御所桜真法院の苔梅
<リンク>
佐渡観光協会(真野御陵)
エスライフ・佐渡百選(中世の流人達)

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